山口祐二郎同志を支援する会を立ち上げます。
2007/07/26 木 19:20
昨日、防衛省(自衛官)に対する肉体言語を、火炎瓶投擲という形で、山口祐二郎同志が行なった訳であるが、私は昨日も書いたように、全面的に彼を支持する。
事件後、熱烈な支持声明や批判を沢山頂いたが、昨日も書いたように、皆さんには彼が非常に真面目に国を憂い、本当にこの国の為に何をしたら良いのかを考えに考えた末に、至純な想いのもと、覚悟を決めて起ったのだという事だけは解っていただきたい。
今までの20年間、ただ漠然と個人主義のもと権利だけを主張し、国を憂える事、守る事など丸っきり考えた事がなかった弱冠21才の若者が、この半年間、それまでこれっぽっちも思った事の無かった「祖国日本」「愛国」「国防」という言葉に触れ、それらを真剣に考えるようになったのである。
それも有言実行を旨にする我が軍に加入したのだ。
真面目であればある程、このような行動を呼んでしまうのは、当然の成り行きだったのかも知れない。
これ程真面目に自らと向き合い答えを出す若者と、ここ最近知り合う機会を得れなかった私は、これ程まで見事に、いまの若者が有言実行しかり、自らが放った言葉に責任を負えるとは思ってもいなかった。
我が軍の歴史(非公然を含めた闘いの歴史)を、過去の想い出のように彼に聞かせていた私は、知らず知らずの内に、彼を追い詰めてしまっていたのかも知れない。
「君と同じ21の時、自分は池子で体を懸ける気だったなあー」「着工時、バイクに火炎瓶を沢山積んで、線路からでも突入して10本でも投げてやったら、世界中に日本の民族派の反米闘争をタイムリーに見せる事が出来たんだけど…、さすがに執行猶予なんて有ったから、情けないけど出来なかった…」「住友事件より、池子でそれをした方が、全然効果があったのに、本当に悔しい限り。肉体言語は何度も出来る訳じゃないから、山口君、起つ時は自分が真剣に考え『いまやらなければいけない』と自ら思った時に起つんだよ。俺みたいに、後悔するなよ」
などと、軽い気持ちで純粋な彼に聞かせてしまっていたのである。
彼が真面目で有ればある程、知らず知らずに彼を追い詰めてしまっていたのであろう。
ハッキリ言う、いま私に取って、我が義勇軍に取って、彼が決起して拘束されてしまうより、彼が外の世界に存在し、渋谷で新宿で、様々な場所で同じような若者に訴える方が、どれ程必要であろうか。
しかし私も彼と同じ活動家、組織の為などより、自らが真剣に想った事に自らの身を犠牲にしても肉体言語として放つ気持ちは非常に解る!
元々組織なんていうものは、活動をする過程で必要だから創っているだけだ。組織に縛られる運動なんてニセモノであろう。
「いまやらなければいけない」と思い決起した山口同志、私はその彼の思いをしっかりと受け止め、政治的な肉付けをしなければいけないのであろう。それが私の使命と思い、彼の為に色々発信させて貰う。
さて、TVや新聞では、彼らマスコミ受けがする「久間発言」に対して山口同志が決起した事にされている。これはその一部であり、間違えであると言って置く。
彼が今回の行動で身を持って言いたかった事は、自衛隊に対する期待感、想い、彼らを日本軍人として信じる気持ちである。
彼は私と共に二日前に沖縄うるまの養護学校装甲車侵入事件で米国大使館に抗議しに行っている。その時彼は「自衛官は怒りを感じないんですかね?」とぼそっと言っていたように思う。そうそれこそが今回の行動の根底にある。
国防を担わなければいけない「軍人」である筈の所謂自衛官、彼等の数々の不祥事、そして米国の傭兵としての歴史、で今回の米軍のうるま養護学校侵入事件、これらから来る「なぜ自衛官は怒りを持たないのかと!?」という想いが、彼の今回の行動の声明として現れている。
「うるまに米海兵隊に侵入されても怒りを覚えないのか!」という事が、彼が自衛官に言いたかった事なのであろう。
因みに久間に関しては「久間発言において、俺は決起寸前だったんだぞ!」と書かれているようである。
それだけを引用して、マスコミ受けがいい言葉だけが、ネットやTVで流されているだけなのだ。
最後に、自分の性格として、終わった話、言わなくていい話はしたくないのであるが、彼の為に書いて置く。
久間発言の時、私は幾つかのルートを使って「久間が辞任しなければ、俺が飛んでやる!」と流した。今まで発言した事はやって来た私が、初めてこのような発言を行なった訳だ。
常日頃から言った事はやると言っている私、もし辞任しなければ勿論実力行動に出る事は自明の理だ。
それを間近で感じていた山口同志、多分彼はこの時、自らが行く覚悟を決めてしまったのだろう。
それが突如の辞任、で私のブログに書いたように終息。
「戦わずして勝が常道」と信じると私とは違い生真面目な彼である。彼は振り上げた拳を降ろす事が出来なくなってしまったのだろう。
今思えば、久間が後一日辞任が遅れていればと思ってしまう。
そうすれば山口同志はタイムリーに、久間の乗る車にでも火炎瓶を投げつけることが出来たのではないか!
運動とは色々な形が有っていいのだ。
暴力に訴えない運動、それと肉体言語をも持ち得る運動。それらは国を真剣に憂えている純粋なものであれば、丸っきり差がない補い合えるものなのである。
山口同志の至純な想いだけは、皆さんに本当に分かって頂きたい。
私の考えに賛同して下さる方は、山口同志の支援をお願いします。
取り敢えず弁護士は頼みました。報告まで。
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事件後、熱烈な支持声明や批判を沢山頂いたが、昨日も書いたように、皆さんには彼が非常に真面目に国を憂い、本当にこの国の為に何をしたら良いのかを考えに考えた末に、至純な想いのもと、覚悟を決めて起ったのだという事だけは解っていただきたい。
今までの20年間、ただ漠然と個人主義のもと権利だけを主張し、国を憂える事、守る事など丸っきり考えた事がなかった弱冠21才の若者が、この半年間、それまでこれっぽっちも思った事の無かった「祖国日本」「愛国」「国防」という言葉に触れ、それらを真剣に考えるようになったのである。
それも有言実行を旨にする我が軍に加入したのだ。
真面目であればある程、このような行動を呼んでしまうのは、当然の成り行きだったのかも知れない。
これ程真面目に自らと向き合い答えを出す若者と、ここ最近知り合う機会を得れなかった私は、これ程まで見事に、いまの若者が有言実行しかり、自らが放った言葉に責任を負えるとは思ってもいなかった。
我が軍の歴史(非公然を含めた闘いの歴史)を、過去の想い出のように彼に聞かせていた私は、知らず知らずの内に、彼を追い詰めてしまっていたのかも知れない。
「君と同じ21の時、自分は池子で体を懸ける気だったなあー」「着工時、バイクに火炎瓶を沢山積んで、線路からでも突入して10本でも投げてやったら、世界中に日本の民族派の反米闘争をタイムリーに見せる事が出来たんだけど…、さすがに執行猶予なんて有ったから、情けないけど出来なかった…」「住友事件より、池子でそれをした方が、全然効果があったのに、本当に悔しい限り。肉体言語は何度も出来る訳じゃないから、山口君、起つ時は自分が真剣に考え『いまやらなければいけない』と自ら思った時に起つんだよ。俺みたいに、後悔するなよ」
などと、軽い気持ちで純粋な彼に聞かせてしまっていたのである。
彼が真面目で有ればある程、知らず知らずに彼を追い詰めてしまっていたのであろう。
ハッキリ言う、いま私に取って、我が義勇軍に取って、彼が決起して拘束されてしまうより、彼が外の世界に存在し、渋谷で新宿で、様々な場所で同じような若者に訴える方が、どれ程必要であろうか。
しかし私も彼と同じ活動家、組織の為などより、自らが真剣に想った事に自らの身を犠牲にしても肉体言語として放つ気持ちは非常に解る!
元々組織なんていうものは、活動をする過程で必要だから創っているだけだ。組織に縛られる運動なんてニセモノであろう。
「いまやらなければいけない」と思い決起した山口同志、私はその彼の思いをしっかりと受け止め、政治的な肉付けをしなければいけないのであろう。それが私の使命と思い、彼の為に色々発信させて貰う。
さて、TVや新聞では、彼らマスコミ受けがする「久間発言」に対して山口同志が決起した事にされている。これはその一部であり、間違えであると言って置く。
彼が今回の行動で身を持って言いたかった事は、自衛隊に対する期待感、想い、彼らを日本軍人として信じる気持ちである。
彼は私と共に二日前に沖縄うるまの養護学校装甲車侵入事件で米国大使館に抗議しに行っている。その時彼は「自衛官は怒りを感じないんですかね?」とぼそっと言っていたように思う。そうそれこそが今回の行動の根底にある。
国防を担わなければいけない「軍人」である筈の所謂自衛官、彼等の数々の不祥事、そして米国の傭兵としての歴史、で今回の米軍のうるま養護学校侵入事件、これらから来る「なぜ自衛官は怒りを持たないのかと!?」という想いが、彼の今回の行動の声明として現れている。
「うるまに米海兵隊に侵入されても怒りを覚えないのか!」という事が、彼が自衛官に言いたかった事なのであろう。
因みに久間に関しては「久間発言において、俺は決起寸前だったんだぞ!」と書かれているようである。
それだけを引用して、マスコミ受けがいい言葉だけが、ネットやTVで流されているだけなのだ。
最後に、自分の性格として、終わった話、言わなくていい話はしたくないのであるが、彼の為に書いて置く。
久間発言の時、私は幾つかのルートを使って「久間が辞任しなければ、俺が飛んでやる!」と流した。今まで発言した事はやって来た私が、初めてこのような発言を行なった訳だ。
常日頃から言った事はやると言っている私、もし辞任しなければ勿論実力行動に出る事は自明の理だ。
それを間近で感じていた山口同志、多分彼はこの時、自らが行く覚悟を決めてしまったのだろう。
それが突如の辞任、で私のブログに書いたように終息。
「戦わずして勝が常道」と信じると私とは違い生真面目な彼である。彼は振り上げた拳を降ろす事が出来なくなってしまったのだろう。
今思えば、久間が後一日辞任が遅れていればと思ってしまう。
そうすれば山口同志はタイムリーに、久間の乗る車にでも火炎瓶を投げつけることが出来たのではないか!
運動とは色々な形が有っていいのだ。
暴力に訴えない運動、それと肉体言語をも持ち得る運動。それらは国を真剣に憂えている純粋なものであれば、丸っきり差がない補い合えるものなのである。
山口同志の至純な想いだけは、皆さんに本当に分かって頂きたい。
私の考えに賛同して下さる方は、山口同志の支援をお願いします。
取り敢えず弁護士は頼みました。報告まで。
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